歴史的教訓

第112回

先日、文献を読んでいたら興味ある記事に出合いました。「…真珠の研究は16世紀の中頃から世界の語学者によって行われた。当時は真珠の中心をなす核についての研究が多く、これが凡そ二百年も続いた。1856年真珠袋が発見されて、真珠の成因が明らかになった…」(磯和楠吉「真珠成因研究の史的外観」国立真珠研究所報告1、1956)(下線は筆者) 1856年Von Hesslingによる真珠袋の発見から、1907年の日本での養殖法の発明を経て今日まで153年が経過しました。しかしそれを上回る二百年余もの間、学者達は核を研究していたのです。核になるものが貝体内に入ると真珠が出来るという一種の前提あるいは“定説”を信じ込んでいたからです。この歴史的事実は私達に次の教訓を教えてくれます。間違っているが分かりやすい“定説”の呪縛は極めて根強いものであるが、真珠袋という分かりにくい真理があってこそ物事は発展するのだということです。